「災害心理学」という分野をご存知ですか?
災害心理学とは心理学の中でも基礎心理学の知識や技法を生かした「応用心理学」と呼ばれている、比較的新しい分野のひとつです。
今回は、そんな災害心理学について詳しく紹介していきたいと思います。
災害心理学とは、簡単に言えば災害と人間の心理との関係を取り扱う実践的な心理学のことです。
地震や津波、台風、火山噴火といった自然的災害や、航空機事故や鉄道事故、火災などの人為的災害、家庭内災害や労働災害、産業災害など、あらゆる災害の発生に対する人間の心理や行動の要因を究明し、災害が及ぼす心理学的な影響や生還までの行動科学的な指針などを探求します。
また、災害発生時だけでなく、災害が起きた後の心的外傷後ストレス障害(PTSD)、災害で負った心の傷や災害前後の心理変化の分析、災害のストレスや心理変化による自殺などの二次被害の防止なども災害心理学の分野に含まれています。
災害心理学の領域は主に災害時のパニックや避難行動、流言飛語(デマ)、災害体験者のPTSDや心的外傷(トラウマ)によるストレスなど、災害と人間に関わるさまざまな研究に渡ります。
では災害心理学では具体的にどのようなことを取り扱っているのか、少しだけ紹介してきましょう。
突然ですが、地震や台風などが発生した時、あなたはどんなことを思いますか?
どんなに地震や台風に関する悲惨なニュースが流れていようとも、自分で気をつけようと思っていたとしても、ほとんどの人が「まだ大丈夫」「皆いるから大丈夫」「そんなにひどくないはず」と考えてしまうはずです。
このような心理状況を「正常性バイアス」と呼びます。人間は実際に危険を知らせるような情報を見聞きしたり、自分の身体に異常が起きているかもしれない症状が感じられても、「自分にそんなことが起きるはずがない」と正常であるべきバイアス(偏り)がかかってしまい、危機感を無くしてしまう傾向にあります。
正常性バイアスはもともと人間が日常生活を送る中で起こる変化や出来事に、過剰なストレスや負担がかからないようにするために必要な機能です。
しかし災害時や緊急時にこの機能が働くと逃げ遅れて大変な事態に至ることも。実際に避難すべき人や避難を誘導・先導すべき人たちに正常性バイアスが働いたことで、被害が拡大した災害は多いと指摘する専門家もいますし、災害発生時にはパニックによる被害よりも逃げ遅れによる被害の方が大きいこともわかっています。
災害心理学ではこういった正常性バイアスの心理も学びます。
災害に伴う肉親や家族、知人との死別や家や職場の倒壊といった個人的な喪失や、非日常的な生活、近隣住民との慣れない共同生活などが原因で精神的ダメージや負担を感じる人も少なくはありません。こういった精神的ダメージや負担が原因で精神的にも身体的にも不安定な兆候が見られることもあります。
また、災害が発生してからある程度日にちが経っても、なかなか恐怖や不安がぬぐい切れないという人も少なくはないようです。この場合、現実に起きた(体感した)事態よりも恐ろしい場面が何度も頭に浮かんでしまい、より強い恐怖を感じてしまう傾向にあります。
このような状態のことを心的外傷(トラウマ)と呼びます。さらに数か月経っても突然つらい記憶がよみがえったり緊張がとれなかったりするようならば、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に陥っている可能性があります。
こういった災害が原因で起こる心理的・身体的な変化やこれらを軽減させるために必要な対処法、トラウマやPTSDに関しての研究なども災害心理学の領域のひとつです。
実践では、災害体験者が精神的なダメージや負担、トラウマ、PTSDが原因で過度な鬱状態に陥ってしまった場合、精神科医と連携する必要も出てきます。
災害心理学ではほかにも、救援者の意思決定過程や災害を予防する側の心理学などが講義に含まれています。
災害心理学は大学の講義で学ぶこともできますし、心理カウンセラー養成のためのスクールで勉強することも可能です。大学の心理学部で災害心理学を精力的に取り扱っているところもありますが、基本的には心理学の中の「応用心理学」という位置づけで学ぶことになるようです。
ちなみに応用心理学とは、基礎心理学を現実的な問題の解決や改善に役立てる分野のことです。災害心理学のほかに臨床心理学や犯罪心理学、産業心理学、教育心理学などが応用心理学に該当します。
日本は防災に関しては先進国ではありますが、被災者の精神的なケアに関してはまだ完全に整備されているわけではありません。そのため、災害心理学を活かした心理面の支援体制は重要で期待されている分野でもあります。
最近は特に災害体験者の心的外傷(トラウマ)によるストレスが問題視されています。実際に災害が起こると強いストレスやPTSD、将来への不安、絶望感などから鬱状態に陥る人が非常に多く、悪化して自殺を考えてしまう人も少なくはありません。
そういった過度な鬱状態に陥り、自殺が懸念される自殺予備軍の人の心のケアが災害心理学における心理カウンセラーの仕事となります。
災害発生時やその後、被災地では自治体が中心となって、精神科医や心理カウンセラー、保健師などによる精神的なサポート体制を構築していることが多いようです。
この場合、まず保健師や社会福祉協議会職員が軽度の鬱状態の人のケアにあたり、心理カウンセラーは基本的には深刻な鬱状態に陥っている人の精神的なケアを行います。鬱状態がさらに重度を増し、危険な状態に陥ると精神科医がケアを行い治療にあたるようになります。
こういった重層構造のセイフティネットワークを構築することで、災害体験者の幅広い精神的なケアが実現しているようです。
2011年3月1日に発生した東日本大震災の被災地では、地域病院の精神科医監修のもと、仮設住宅にお住まいの方の心のケアが行われています。
ここでは心理カウンセラーと臨床心理士、大学のボランティアチームが連携し、それぞれ担当の地区を巡回し傾聴やカウンセリングなどを実施しているそうです。
災害心理学の知識は、医療機関のカウンセラーや災害発生時にも活躍する地方自治体の消防をはじめとする防災分野の職員、福祉・公衆衛生分野など福祉関係の心理職、さらには教師や相談員など教育分野の職員などの職業分野で活かすことができます。
日本は古くから地質や地層、立地の影響で、地震や台風、火山噴火といった自然的災害に見舞われることが多かったと言われています。
近年では東日本大震災のような大規模な地震災害や台風による被害も発生しているなかで、今後手遅れになる前に災害心理学を活かした心理面での支援やサポート体制はとても重要になってきますし、期待もされているようです。
災害心理学は、大学や心理カウンセラー養成のスクールで学ぶことが可能です。
災害心理学は医療機関のカウンセラーだけでなく、地方自治体の防災分野や福祉関係の職員、教員や相談員など教育分野の職業でも活かすことができるので、ぜひ検討してみてください。